東京地方裁判所 平成8年(ワ)17646号 判決 1999年1月18日
原告
東洋ゴム工業株式会社
右代表者代表取締役
片山松造
右訴訟代理人弁護士
露木脩二
同
鈴木達郎
被告
株式会社コスモ・アピアランス
右代表者代表取締役
久田伸二
右訴訟代理人弁護士
小口隆夫
主文
一 被告は、別紙被告標章目録(一)又は(二)記載の標章を付したはき物又はタグ若しくは包装用外箱に別紙被告標章目録(一)又は(二)記載の標章を付したはき物を、輸入又は販売してはならない。
二 被告は、その占有する別紙被告標章目録(一)又は(二)記載の標章が付されたはき物、附属のタグ又は包装用外箱を廃棄せよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文第一項、第二項同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告によるはき物の輸入販売行為が原告の有する商標権の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、商標権に基づき、右はき物の輸入販売の差止め及び右はき物等の廃棄を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を示したもの以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告の商標権
原告は、次の各商標権(以下、併せて「本件商標権」といい、その登録商標を併せて「本件登録商標」という。)を有している。
本件商標権(ただし分割前のもの)は、もとエレッセ・インターナショナル・エス・ピー・エー(商標登録原簿上の表記は、エレセ インターナショナル エス ピ エー)が有していたが、平成元年七月二六日合併を原因として、エレッセ・フィナンチアリア・エス・アール・エル(商標登録原簿上の表記は、エレセ フイナンチアリアエス アール エル)に移転し、同年一〇月九日にその旨登録され、その後、同年一一月一五日に、原告に対し、指定商品を分割して譲渡され、平成二年五月二八日にその旨登録された。(甲一ないし三(枝番号は省略する、以下同じ。))
(一) 登録番号
第一七五五八九二号の二
登録日
昭和六〇年三月二五日
存続期間の更新登録
平成七年三月三〇日
商品の区分 旧第二二類
指定商品
はき物、その部品及び附属品
登録商標
別紙登録商標目録(一)記載のとおり
(二) 登録番号
第一六四五七二六号の二
登録日
昭和五八年一二月二六日
存続期間の更新登録
平成五年一一月二九日
商品の区分 旧第二二類
指定商品
はき物、その部品及び附属品
登録商標
別紙登録商標目録(二)記載のとおり
2 被告の行為
被告は、平成四年ころから、本件登録商標と同一又は類似の別紙被告標章目録(一)又は(二)記載の標章をシューズ本体、その付属のタグ、その包装用外箱に使用したウォーキングシューズ、ランニングシューズ等のはき物(以下「被告商品」ということがある。)を輸入し、販売している。
二 争点
被告の右行為は、いわゆる真正商品を輸入、販売したのであるから、違法性が阻却されるといえるか否か。
1 被告の主張
被告の行為は、いわゆる真正商品を輸入、販売したものとして、違法性を欠くものである。
(一) 別紙登録商標目録(一)、(二)と同一の商標(以下「エレッセ商標」といい、これを付した商品を「エレッセ商品」という。)について、韓国における商標権者であるイタリア法人エレッセ・インターナショナル・エス・ピー・エー(その後合併によりエレッセ・フィナンチアリア・エス・アール・エルとなった。以下両者を併せて「SPA」という。)は、韓国パントランド株式会社(以下「パントランド社」という。)に対し、平成一〇年一月一日から同一四年一二月三一日までの間、エレッセ商標の専用使用を許諾した。被告は、現在、パントランド社が製造販売したエレッセ商品を、青豊交易株式会社を経由して輸入した上、販売している。
(なお、エレッセ商標について、韓国においては、平成八年一二月末日までは、韓周通産株式会社が使用権の設定を受けており、被告は、同社の製造した商品を輸入販売していたが、その後、同社を経由することなく、右のとおりの商品を扱うことになった。)
(二) 原告に対し、本件商標権の分割譲渡をしたSPAは、韓国における商標権者でもあるから、原告とSPAとの間には同一人と同視し得るような特殊な関係が存するということができる。SPAは、エレッセ商標やエレッセ商品について、原告に対しては分割譲渡契約を通じて、他方、パントランド社に対してはライセンス契約を通じて、それぞれ支配、影響を及ぼすことができるから、特殊な関係を肯定できる。
SPAの株主であり、その経営権等を掌握しているイギリスのペントランド社は、香港に香港ペントランド社を設立して、同社にアジア地域におけるエレッセ商標やエレッセ商品の品質の管理等を行わせている。香港ペントランド社は、毎年定期的にアジア各国におけるエレッセ商標の使用権者ら約一〇名を香港に集めて会議を主催しているが、平成八年一月一〇日に開催された会議には、原告の一〇〇パーセント子会社である株式会社ティースポーツ(以下「ティースポーツ」という。)も出席している。このような事情からも、原告とSPAとの間には密接な関係がある。右会議は、単なる展示会にとどまらず、エレッセ商標や製品の品質管理を議題としている。
一般消費者は、本件登録商標を付した商品を見たときに、その出所がエレッセ(正確にはSPA)と認識するのであり、原告と認識するのではないから、右関係がなくても、本件登録商標の出所表示機能、品質保証機能を損なうこともないし、原告の業務上の信用も一般消費者の利益も害しない。
(三) 被告の輸入販売する商品と原告が製造する商品とは品質が同一である。また、原告が独自のグッドウィルを形成したということもない。
2 原告の反論
被告の行為は、以下のとおり、いわゆる真正商品の輸入、販売として違法性を欠くものということはできない。
(一) SPAが韓国におけるエレッセ商標の商標権者であることは認めるが、SPAがパントランド社にエレッセ商標につき、専用使用の許諾したこと、被告が現在、パントランド社が製造販売したエレッセ商品を、青豊交易株式会社を経由して輸入した上、販売していることは、知らない。
(二) いわゆる真正商品であるとして、違法性を有しないものと解するためには、外国商標権者と内国商標権者との特殊な関係が必要であるが、原告とSPAとは、何らの資本関係もなく、また、経営や製品の品質等を管理し管理される関係も一切存在しないから、同一人と同視される特殊な関係は存在しない。
エレッセ商標は、昭和三四年にイタリアのレオナルド・サルバディオにより考案され、その後、サルバディオ一族が経営するSPAは、世界各国でエレッセ商標を商標登録した。その後、SPAは、アメリカ合衆国、カナダ等の北米地域の商標権をユーエスエーインクに、日本におけるはき物等についての商標権を原告にそれぞれ譲渡し、さらに、SPA自体もイギリスペントランド社に譲渡された模様で、かつてサルバディオ一族により一元的に支配されていたエレッセ商標は、今日、それぞれの商標権者が独立に使用している。したがって、本件登録商標は、それを付したはき物の出所が原告であることを示している。
香港ペントランド社が、平成八年一月に商談会を主催し、これに原告の一〇〇パーセント子会社であるティースポーツが出席したことは認めるが、右会合は、SPAのアジア地域のディストリビューター、ライセンシー、原告のようなエレッセ商標についての商標権者を招待して、SPAが自社の商品を展示販売する商品展示会兼商談会に過ぎず、ペントランド社がそこで標章や製品の品質管理についてのコントロールをするものではないし、現にそのような管理がされたこともない。
(三) 内国商標権者が登録商標の宣伝広告等により当該商標について独自のグッドウィルを形成し、当該商標と国外で適法に付された商標とが表示・保証する出所・品質が異なるものであるときは、商標の機能に鑑み、いわゆる真正商品に商標を付したものとして、違法性がないとはいえない。
原告は、昭和六二年に本件商標権の専用使用権の設定を受け、平成元年に右商標権自体を譲り受け、その後、その一〇〇パーセント子会社であるティースポーツと共に、以下に挙げるような独自のグッドウィルを形成した。その結果、被告が輸入販売しているシューズと、原告が製造しその一〇〇パーセント子会社であるティースポーツが販売しているシューズとは、アッパー(テニスシューズの甲の部分)に使用されている素材、フィッティング、アウトソール、重量等の点で、大きく品質が異なる。
①欧米人と日本人とは足形が異なるため、日本人の足形に合わせて、靴型金型の製造等、多額の研究開発費をかけた。②SPA規格の靴は、デザイン、流行、色彩の点で日本市場で受け入れられる物がほとんどなかったため、原告は、テニス、ウインター、ランニング、ウォーキング、フィットネスのカテゴリーごとにデザイン、素材使い、カラーリングを行い、市場から受け入れられる商品として育てた。③SPA規格は、日本市場の基準と比べて品質が悪かったため、原告は、日本人の要求に合う独自の品質管理基準を設けて、品質管理を徹底した。④シューズのアッパー部分は、SPA規格では天然皮革であることが多く、日本規格では、人工皮革を用いることが多いため、人工皮革素材の選定も独自に行った。⑤テニスシューズにおいて、コートサーフィス別のソールを開発した。⑥付加機能の独自開発として、衝撃吸収材を開発してシューズのソールに使用したり、個々の異なる足形の大きさに合わせて、パッドを中敷きの下に挿入し、履き心地を向上させたりした。⑦プロテニス選手等を広告に起用して、多額の広告宣伝費をかけた。⑧当時日本国内では、エレッセ商標はウェアの分野では知られていたが、右標章を付したシューズはほとんど流通していなかった。⑨販売チャンネル、ルートの開発を独自にゼロから行ってきた。
第三 争点に対する判断
一 被告は、韓国におけるエレッセ商標の商標権者であるSPAからエレッセ商標の使用について許諾を得たパントランド社が製造販売したエレッセ商標の付された被告商品を、青豊交易株式会社を経由して輸入、販売していることを前提として、いわゆる真正商品の輸入、販売に当たるから、違法性がない旨主張する。確かに、SPAが韓国におけるエレッセ商標の商標権者であることは、当事者間に争いがなく、また、乙一四及び弁論の全趣旨によれば、SPAが韓国パントランド社に対し、エレッセ商標についての使用権を許諾したことが認められる。
二 しかし、被告の主張は、被告商品が、SPAから使用許諾を受けた韓国パントランド社の製造に係るものであるか否かはさておき、以下のとおり理由がない。
すなわち、①被告商品が、SPAから商標の使用許諾を受けた韓国パントランド社の製造に係る商品であったことを前提としたとしても、以下のとおり、SPAと国内商標権者である原告との間において、その出所、由来の同一性を肯定でき、同一人と同視し得るような特別な関係があると認めることはできず、また、②被告商品は、原告が本件登録商標を付して販売している商品と品質、形態等において差異があるので、被告の行為は、いわゆる真正商品を輸入、販売したものとして、違法性を欠くということはできない。
争いのない事実に甲五ないし一〇、一二ないし一六、二〇ないし二九、三二ないし四〇、乙一、二三ないし二六、二八及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 本件商標権(ただし分割前のもの)は、もとSPAが有していたが、平成元年一一月一五日に、原告に対し、指定商品を分割して譲渡され、平成二年五月二八日にその旨登録された。
エレッセ商標は、昭和三四年にイタリアのレオナルド・サルバディオにより考案され、その後、サルバディオ一族が経営するSPAは、世界各国でエレッセ商標を商標登録した。その後、SPAは、アメリカ合衆国、カナダ等の北米地域における商標権をユーエスエーインクに、日本におけるはき物等についての商標権を原告に、それぞれ譲渡した。さらに、SPAの経営も、サルバディオ一族からイギリスペントランド社に譲渡されている。現在、原告とSPA及びユーエスエーインクとの間に、一切の資本関係はない。なお、本件全証拠によるも、原告がSPAから商標権の分割譲渡を受けた際、エレッセ商標の維持、管理に関して、原告がSPAに対し、何らかの契約上の義務を負っていることを窺わせる事実は認められない。
2 原告は、昭和六二年から、本件登録商標を使用したスポーツシューズ事業を開始し、平成元年に本件商標権を譲り受けた。
昭和六一、六二年ころ、テニスシューズ分野での原告の販売実績は全くなかったが、その後、原告は、以下のような商品開発及び販売努力を行った結果、平成六、七年度の市場占有率を、それぞれ4.0パーセント、4.7パーセントに上昇させている。
原告は、スポーツシューズ事業を新規に開始するに際し、日本人の足にあったスポーツシューズを開発することを目標とし、多額の研究開発費を投資し、日本人向けの独自の靴型を開発したり、高品質な人工皮革を使用するなどにより、シューズの弛みを抑えつつ同時に締めすぎないような特性を持つアッパーを開発したり、クレーコート、ハードコート、グラスコート等のコートサーフェイスに応じたソールの研究を行ったり、運動の際に足に加わる負担の軽減のため、衝撃吸収材(トーヨーソフトラン)を開発したり、かかと部や土踏まず部に変形性のある素材を入れたシステムを開発したりし、これらの技術や開発の成果について、宣伝を行っている。また、シューカウンセラーという職種を設定し、店頭での顧客に合わせた靴選びの相談に乗りつつ、シューズにパッキングのサービスをしたりし、縫製、汚れ等について、SPA規格よりも厳しい独自の品質管理基準を設けて、品質管理を徹底させている。
これに対し、被告商品は、原告の商品と比較して、アッパーの素材の引き裂き強度、常温屈曲、曲げ抵抗、促進後常温屈折等の点、ソールのパターンや衝撃吸収性等の点において、品質、形態等が大幅に相違している。
右認定した事実を前提にすると、①原告とSPA及びユーエスエーインクとの間には資本関係もないこと、原告がエレッセ商標についての何らかの契約上の義務を負っているとの事実が認められないこと、SPAが、北米地域における商標権を他社に譲渡していること等の事実を考慮すると、SPAが、エレッセ商標について、商標管理を統一的に行っているものとは考え難く、また、原告がSPAと共同して、エレッセ商標を、維持、管理していると解することもできないから、そうすると、原告とSPAとの間には、同一人と同視し得るような特殊な関係を肯定することは到底できないし、また、②被告商品は、前示のとおり、原告の商品と品質、形態等において大幅に相違があり、本件登録商標を付することにより表示ないし保証する品質及び出所上の同一性を欠くということができる。
したがって、被告の行為は、いわゆる真正商品を輸入、販売したものとして、違法性を欠くとの被告の主張は採用することができない。
この点について、被告は、SPAと間接的に資本関係がある香港ペントランド社が主催した会議に、原告の子会社であるティースポーツが出席したことから、原告とSPAとの間には、特殊な関係があると主張するので、この点について検討する。
前掲各証拠によれば、以下のとおりの事実が認められる。
平成七年六月、ローマにおいて、エレッセ商品に関する情報交換の会合が、SPAの主催により開かれた。右会合には、各国の販売権者、ライセンシー、独立商標権者が出席し、原告の一〇〇パーセント子会社であるティースポーツも出席した。また、アジア地域における同様の会合が、平成八年一月、同年六月、平成九年一月に、SPAを経営するイギリスのペントランド社が設立した香港ペントランド社の主催で開催され、ティースポーツも出席した。右会合は、エレッセ関連商品の説明や偽造品に関する情報交換等が主たる目的であり、エレッセ商標等の管理に関する内容は特にない。
会合の内容が、右認定のとおりである以上、右会合が開催された実績があり、また、原告の関連会社が出席したからといって、原告とSPAとの間に、エレッセ商標の管理等に関して、特別な関係を肯定することはできず、原告の主張は採用できない。
三 したがって、その余の点を判断するまでもなく、被告の主張は採用できず、本件請求はいずれも理由がある。
(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官沖中康人)
別紙登録商標目録
別紙被告標章目録<省略>